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クローズアップ 「海洋散骨の万寿」個別散骨乗船レポート

夏の強い日差しが少しだけ和らぎ、海風が心地よい8月の終わり、千葉県のS家(故人の奥様、娘夫婦2組、お孫さんの計6人)がおこなう散骨・海洋葬に同行 させてもらいました。今回は江戸川区から出航、東京湾で散骨を施行している株式会社万寿(伊藤 光雄社長・船長)の海洋葬をレポートします。

川からの出航と船酔いさせないテクニック

「手元、足元を見ないで遠くを見てくださいね。」と説明をする船長。おそらく船に乗り慣れていないであろうご遺族は、船長の説明を真剣に聞いています。中学生くらいでしょうか。故人のお孫さん(お嬢さん)にとってはクルーザーに乗るということもイベントのひとつなのでしょう、楽しそうです。

注意事項の説明は船の中で行なわれたのですが、川岸にあるマリーナだからか、ほとんど船の揺れを感じません。

簡単な説明が終わると、ゆっくりと船は荒川へ出る新左近川水門に向かって進みはじめます。するとすでに船室には誰もいません。出航前の段階で登れる人は2Fデッキに、喪主の奥様と娘さんは後部デッキの椅子に座っています。
「船室の中にいると酔いやすい。」と話していた船長は、出航前すでにご遺族6名全員を外の景色と風を感じることができる場所へ誘導完了していました。船室にいれば自然と手元、足元に視線がいってしまい酔いやすくなる。さらに2Fデッキは操舵する船長が、後部デッキではコーディネーターを務める船長の奥様がご遺族と会話をして揺れる感覚に集中しないよう気を配る。素晴らしい連係プレーです。

川からの出航という好立地と船酔いしやすい環境を作らない心配り。これが船の苦手なご遺族にも船酔いさせないテクニックなのだと感心しました。

散骨・海洋葬を選んだ理由は「海が好きだった父」と「姉妹での墓守」

ディズニーランド沖の散骨ポイントまで15分程度、後部デッキで喪主である奥様と長女のお二人から少しだけ話を聞くことができました。散骨・海洋葬を選んだのは、釣りが好きで海によく来ていた故人の遺志であったことと、二人姉妹で将来お墓の維持ができなくなるという理由からでした。

「父からはオーストラリア、クイーンズランド沖で散骨をして欲しいと言われていたのですが、遠いですし。海はつながっていますから。」と話して下さった長女の方や奥様、2Fデッキのご遺族みなさんが明るく海洋葬に参加している姿を見て「海洋散骨は明るく行うものだ。」とこれまで取材させていただいた施行会社の方々がいっていたことを思い出しました。

「みんなで笑って見送る。」確かにそんな雰囲気が散骨・海洋葬にはよく似合う気がします。

「バイバイ、またね。」汽笛とともに海に向かって手を振る散骨式

まわりの景色がかなり遠く見えるようになった海上で、船の速度がだんだん遅くなり、止まりました。2Fデッキからご遺族が下りてきます。これから散骨式が始まります。
船内のスピーカーから音楽が流れてきます。「これよりS家の散骨式を行います。」船長の奥様の声がかかると、ご遺族一人ひとりに水溶性の袋に入った遺骨を手渡します。袋を手にして「意外と重いんですね。」と明るく話していた奥様と姉妹のお二人でしたが、海に遺骨を撒いて献酒をおこない、鐘の音とともに30秒間の黙とうを終えた後は涙を浮かべていました。

エンジン停止中は船の揺れが強くなるので、30秒以上目を閉じていると船酔いする可能性があると考え、黙とうの時間を短くしているそうです。

それまで楽しそうに船に乗っていたお孫さんも故人の遺影を抱えて泣いていました。3回忌法要を終えたタイミングで散骨に訪れたというS家でしたが、きっと何年経っていてもこの瞬間は愛する家族を失った悲しみがよみがえってくるのでしょう。

献花を終えた後、船はまたゆっくりと動き出します。

散骨、献花した場所を船はゆっくりと回ります。正円ではなく細長い楕円を描くように回るのは、たった今に海に還っていった故人にできるだけ近づいてお別れをするためでしょう。花びらのそばを通るときに船長は汽笛を鳴らします。ご遺族はそのたびに「バイバイ。また来るからね。」といってその場所に向かって手を振り続けます。それを繰り返すうちに花びらがだんだんと水面に広がっていく様子が、たとえようもない切なさを心に運んできます。

そして、最後の長い汽笛とともに船はその場所を後にします。

帰りの航路はゆっくりと、ふたたび故人を思い起こして

散骨が終了すると、そのまま同じ航路で出港場所に帰るのではなく、ディズニーシーに向かって船を走らせます。近くを大型船が通ることもなく、引き波もない東京湾は穏やかで、船を走らせていると嫌な揺れをほとんど感じません。

帰りも全員が船室の外で風に当たって進みます。「ほら、あそこで食事したことあるよね。」「あれに乗ったことあるよね?」いつの間にかまた遺族の皆さんに笑顔が戻っています。昨日の雨で海水が濁ってしまっていると伊藤船長はいっていましたが、雲が減り明るい青空が顔を出してきた東京湾は、私にはとても美しく見えました。遺族の皆さんはこのときどんな気持ちだったのでしょうか。

「観光といってここを回って帰っているけど、この時間がご遺族の心を癒してくれると思って行きに比べてほぼ倍の時間をかけているんだよ。」と伊藤船長は言います。

帰りは2Fのデッキに上がらせてもらった私の目に映ったのは、フロントデッキに座ってさっきまで楽しげに話していたお孫さんが、また涙ぐんでいる姿でした。後部デッキでは船長の奥様が、喪主である奥様から故人との思い出話を聞いていたそうです。

そこでもまた涙があり、ご遺族がそれぞれに故人を思い起こしている姿が印象的でした。

ディズニーシーを過ぎると、葛西臨海公園と葛西海浜公園の間を通ってゆっくりと荒川河口に戻っていきます。波のない静かな海を進んでいるあいだに、いつの間にか空は広く晴れ渡っていました。

帰港後はそろって笑顔の写真撮影

「ありがとうございました。」最後はみなさん笑顔で下船していきます。10時に出航してこちらに戻ってきたのが12時前、下船する前に伊藤船長が「これからお食事に行かれるのですか?」とご遺族に尋ねて、おすすめのレストランを紹介していました。船長は地図をプリントアウトして持ってきているようでした。そんな心遣いがなんだかうれしく、温かい気持ちになります。
散骨・海洋葬はこれで終わりではありませんでした。最後にマリーナで故人の遺影と一緒の集合写真撮影。そこでは皆さんが笑顔でした。そしてその笑顔が乗船したときと違ったものに見えたのは、私の気のせいではないと思います。
笑って泣いて、また笑ってまた泣いて、最後には笑って終わる。散骨・海洋葬の素晴らしさを肌で感じた1日でした。


取材させていただいた2日後、私のもとに1枚の写真が届きました。船長にディズニーシー近くで撮っていただいたものです。おそらく同じタイミングでS家の皆様にも散骨証明書とたくさんの写真が届いているのでしょう。

最後に家族だけのセレモニーに突然おじゃまして同乗させていただいたS家の皆様に御礼申し上げます。また、快く取材に応じてくださったうえに写真まで送って下さった伊藤船長と奥様の心遣いに感謝いたします。

ご協力いただいた散骨施行業者

株式会社万寿 海洋部
東京湾航海20年以上のベテラン散骨施行会社。細やかな心配りで、皆様の記憶に残る散骨を執り行います。
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